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第8章 そして離婚へ
 
 

アムウェイを私がやろうとして疑問を持ち活動を停止するまでには、3ヶ月ほどでし
  た。

それから、8ヶ月後に離婚に至りました。私たち夫婦には、子供もなく、既に別居し
ていましたから、離婚に際して一般的な意味での障害が少なかったことが、離婚を
ある意味で踏み切り易くしたように思います。

別居している時のことです。ある日久しぶりに、妻と会い、買い物をし、食事を
し、デートみたいな感じでした。私としては、今は下手にアムウェイの話はせず
に、もう一度一緒に住むために話をするつもりでいました。妻もあえてその部分に
は、触れようとはしませんでした。とは言っても、何かのきっかけから、同居のた
めの話をしなくてはなりません。レストランで夕食をした時に、アムウェイは抜き
にして話をするつもりだったのです。

しかし、それは無理というものでした、妻にとりアムウェイは、信念となっていた
訳です。私と共に住むと思うままに活動する事は出来なくなるという事、反対して
いる人が近くにいると、現在の勢いを維持出来ない等があったのではと思います。
私は、妻にとって「やりたいを思うようにやらしてくれない、理解のない旦那」
「何を言っても信用出来ない人」となっていたようです。これからの人生で、同じ
ように、やりたいことが出来ても反対されるという強迫観念が出来上がっていたの
でしょう。

結局、その日も喧嘩別れしてしまい、私は情けなくなり、どうしても上手く話し合
いを持てない自分に反省し一人帰りの車でやけになってました。

妻の希望は、互いにやりたい事を認め合って、やりたい事をする。ですから、妻の
アムウェイの活動を、私が手伝わなくても、妻のアムウェイを認めて欲しいという
事、そして私へは、自分の仕事をがんばる事だったようです。

しかし、私は既に理解のない旦那でしたから、アムウェイを認めることは難しかっ
た。頭から、反対する訳ではなく、私が知った事実としてのアムウェイのシステム
上の欠陥を、妻に知って欲しかった。それには、何の感心も持つ訳もなく、無視
し、「私たちはやり方が違う」と言うばかりで、回りを知ろうとはしませんでし
た。

最後は、結構あっさりしたものでした。

「いまのままじゃ、互いに足を引っ張り合っているだけだね。」と私

「離婚しよう」と妻

これで終わりでした。

こんなにあっさりと離婚という言葉が出てきたことには、寂しさを感じながら、私
自身も、半分以上そのつもりで話を進めるつもりでしたから、それほど驚いたわけ
ではなかった。でもやはり、何かしら心に引っかかる状態で離婚が決まりました。

アムウェイが全て悪い訳ではないでしょう。私たち夫婦の関係にも問題があったと
思います。しかし、間違いないことは、最大の原因は、アムウェイだったというこ
とです。

アムウェイが原因でお互いに不信感が生じ、アムウェイが原因で言い争いを繰り返
し、離婚へと至ったのですから、最大の原因はアムウェイだったと私は感じていま
す。

アムウェイというシステムにおいて、多くの妄信的な状態に陥っているDTの方々
は、このような問題を内在させているという事を単純に無視することで、問題の解
決をさせているように、表現しているように私は感じてます。私たち夫婦が離婚し
たという事は、たいした事ではないかもしれません。しかし、私たち夫婦だけが、
このような事態に至っていったのでしょうか?それはないでしょう。

他にも多くの夫婦でも、同様の原因で心配したり、悩んだり、最悪の場合は別れた
りしているのでは?それでなければアムウェイ離婚なる言葉は存在しないはずで
す。夫婦に限らず、家族間や友人関係においても同じような事が起きているのでは
ないでしょうか?

たかだか一つの企業の戦略として打ち出しているネットワークビジネスという手法
が離婚の原因になり得るという事実を、どう思われますか?

事実は事実です。如何にきれいごとを並べようと、どのように言い訳をしようと問
題は問題として存在するのです。それを無視し、もろ手を上げて賛美を繰り返すこ
とで問題が解決できるのですか?

夫婦の問題とアムウェイの問題は別だという意見もあるかもしれませんが、何とか
別にしようとしても、根本的にアムウェイというシステムに対する捉え方の相違に
より、不信感が発生し、そのために喧嘩をしてしまうので別にならないのです。

私たち夫婦は、アムウェイを原因とした喧嘩を繰り返し、不信感を互いに募らせて
いき、最初に言い争いを始めておよそ8ヶ月後に結果として離婚に至りました。